『痔主襲名。』 第一章 総集編

『痔主襲名。』 第一章総集編~お芋を食べただけなのに~
目次

第1話:お芋を食べただけなのに

人生は予測がつかない。良かれと思った習慣が、最悪の結果を招くことがある。私にとってその原因は、冬の寒さとともにやってきたサツマイモだった。

私は「痔」を自分とは無縁の出来事だと思い込んでいた。私の父は古くからの痔主だった。子供の頃、トイレから出てきては「お尻が痛い」と顔を歪める父を、私は「大げさな」と笑っていた。当時の自分を捕まえて説教したい。「他人の痛みを笑うな、それは未来の自分の姿だぞ」と。

事の始まりは、冬のはじまりに大量のサツマイモを手に入れたことだった。焼き芋、煮物、揚げ物と、毎日、サツマイモを貪り食った。ちょうど年末年始の休暇も重なり、仕事のストレスから解放された私の胃腸は、かつてないほど「整って」いった。

普段の私はどちらかといえば軟便気味で、お尻にとっては抵抗の少ない日常だった。しかし、お芋の摂取と休養が重なった結果、私の排便環境は劇的に「改善」され、ついに出現した。健康の象徴である「しっかりと形のある、立派なうんち」が。

だが、温室育ちの私の軟弱なお尻にとって、その立派すぎる存在は平和な街に突如現れた怪獣に他ならなかった。

運命の日は冬休みが終わる直前にやってきた。排便の際、内側で何かが裂ける感覚があった。限界を超えたお尻がついに決壊したのだ。

さらに追い打ちをかけるように状況が悪化する。休暇が終わり仕事が再開したことでストレスが戻る。同時にお芋の在庫も尽きて腸内環境は急激な下痢へと反転した。すでに傷ついていた箇所にとって、この変化はあまりに過酷だった。炎症は悪化して患部が化膿。ぷっくりと腫れた患部に触れて私は確信した。かつての父の姿が頭をよぎる。そして、私は『痔主』を襲名した。

現代社会において「三人寄れば、一人は痔主」という説がある。「痔を患っている人がこれほど多いのなら、私のこの体験も、少しは世の中の役に立つのではないか」

これは、お尻の平穏を取り戻すための、一人の人間によるサバイバル・エッセイである。

第2話:「なんじゃこりゃー!」は、突然に。

一晩眠ったことで前日の痛みは驚くほど引いており、私は自分が「お尻を負傷している身」であることをすっかり失念していた。しかし、現実は非情だった。いつもの時間にお通じを済ませた直後、平穏はあっけなく崩れ去る。

「……あ、痛い」

せっかく引いていた痛みが、「ヒリヒリ」という感覚と共にぶり返してきた。冬の乾燥で指先が少し荒れた時のような微かな刺激。出勤時間は迫っている。この程度の違和感のために朝の時間を割く選択肢は、効率を重んじる私には存在しなかった。しかし、この安易な判断が後に絶望へと繋がる。

車のシートに深く腰を下ろし、お尻をスライドさせた際に「ズキッ」と鋭い痛みを感じた。皮膚が引っ張られ、傷を悪化させたようだ。「座る」という行為が、これほどまでにお尻へダイレクトに重力をかけるものだとは意識したこともなかった。

職場に到着した私を待っていたのは、無慈悲なデスクワークの山だった。長時間にわたる会議の予定も詰まっており、朝から晩までほぼ座りっぱなし。硬い椅子に腰を下ろし、資料に目を落としながらも、私の意識の半分はお尻へと集中していた。

一日の業務を終え、逃げ場のない鈍痛を抱えて帰宅した私はすぐさま浴室へと向かった。おそるおそるその「現場」へと指先を伸ばし、伝わってきた感触に文字通り凍りついた。

「……なんじゃこりゃー!」

そこには本来あるはずのない異物が鎮座していた。大きさにしてちょうど「小粒納豆」くらいの膨らみ。単なる出来物で片付けるにはあまりに立派すぎる出っ張りだった。お尻に傷がつき、そこが化膿して腫れ上がっているのだとはっきりと自覚した。後に調べたところによれば、どうやら「内痔核」が炎症を起こしてしまった状態のようだ。

当時の私はまだどこまでも楽観的だった。一晩寝れば自然治癒力がなんとかしてくれるだろう、と。しかし、その時の私に教えてやりたい。これから半年以上、お前はこの「小粒納豆」と格闘し続けることになるのだぞ、と。

第3話:便が固くてダイハード

朝一番のお通じが、あの日を境に「恐怖の儀式」へと変貌した。排便が、せっかく塞がりかけた傷口をこじ開ける。

案の定、お尻を拭けば鮮血が付き、便器の中は「事件現場」のように赤く染まる日々。その状態が数日続くと、お尻の内部は炎症で腫れ上がり、物理的に「出口が狭くなる」という最悪の交通渋滞が発生し始めた。

出勤時間は迫っているが、肝心の「ブツ」は腫れ上がった関所を越えられずに停滞している。私は意を決め、文字通り命を懸けて「いきむ」という暴挙に出た。

「……っ!!」

何とか先頭の固い部分を押し出すと、その後を柔らかい便が通り抜けていく。ふぅ、と溜息をついたのも束の間、お尻からは血が滴り、熱い火を吹くようなヒリヒリ感が襲いかかってくる。この痛みを抱えたまま車を運転し、険しい顔をしてデスクワークに励む。翌朝、痛みは「激痛」へと進化を遂げ、便座の上で言葉にならない悲鳴を漏らし、頬には一筋の涙が伝わった。

このまま一生、毎朝泣きながら排便し続けるのだろうか。絶望に駆られた私は、ある名案を思いついた。「出すから痛いんだ。回数を減らせばいいじゃない」

翌朝、私は意図的にトイレをスルーした。あんなに痛かったお尻が、一日を通して平穏だ。しかしその油断は翌朝、さらなる悲劇となって跳ね返ってくる。一日熟成された便は、体内でカチカチの「岩石」へと進化していた。ウォシュレットでふやかし、周囲を指で揉んでみるものの、岩は頑として動かない。大便排出がベリーハード状態だ。ひねり出した決断は、言うまでもなく血と汗と涙にまみれた惨劇だった。

この試行錯誤を経て、私は一つの真理に辿り着いた。

「ブツは、固くなる前に出すべし」

そしてもう一つ。「急いではいけない」ということだ。出勤前の慌ただしい時間に力を入れるからお尻が悲鳴を上げる。翌日からさらに早起きをすることを決めた。十分な時間を確保し、いきまず、焦らず、お尻の機嫌を伺いながらゆっくりと事を済ませる。効率を愛する私が、人生で初めて「出すこと」だけに30分を捧げる覚悟を決めた、記念すべき朝である。

第4話:振り返れば、ケツ切れる

「出しては切れ、寝ては回復し」という地道なサイクルで、傷口は少しずつ癒えてきていた。お尻の痛みが和らいでくると、不思議なもので、あれほど頭の中を支配していた「痔」の存在が思考の隅へと追いやられていく。それは職場で業務に励んでいた時のことだ。

「ちょっといいですか?」

背後から同僚に声をかけられた私は、ごく自然な動作で上半身をひねり、後ろを向いた。

「ピキッ……!!」

お尻の端に、鋭利なカミソリで切り裂かれたような衝撃が走った。私はそのままフリーズした。ただ振り返っただけ。それだけの動作で、ようやく癒えかけていた粘膜は限界を迎え、鮮やかに崩壊したのだ。振り返ればケツ切れる。仕事への集中力が仇となった。

結局のところ、私は「治りかけ」という状態の危うさを完全に見くびっていた。お尻の傷口は、例えるなら「生乾きのボンド」のようなもの。少しでも張力がかかればあっけなく剥がれる。

不意に襲ってくる「くしゃみ」も致命的な一撃になる。くしゃみをする瞬間、お尻にかかる急激な圧力は、せっかく塞がった傷口を内側から爆破するようなものだ。さらには階段を上る際に足を上げた時や、椅子から立ち上がろうと踏ん張った瞬間など、以前は無意識にこなしていた動作の数々がお尻に襲いかかってくる。

仕事に集中してはお尻のことを忘れ、不意な動作で激痛が走り現実に引き戻される。そのたびに私の心は削られ、「この傷は一生、完全に閉じることはないのではないか」という疑念すら湧いてきた。

相次ぐ不意打ちに心まで折れかけた私は、ある一つの結論に達した。「このお尻が癒えるまで、私は人間としての俊敏性を捨てる」

この日を境に、私の日常の動きはすべてスローモーションへと切り替わった。椅子から立ち上がる時はゆっくりと重心を移動させ、数秒かけて浮上する。階段を上る時は、一歩踏み出すごとにお尻の具合を確認し、安全が確認できてから次の一歩を繰り出す。

特に気を使うのが「振り返る」動作だ。同僚に呼ばれても、決して首だけで反応してはいけない。私は椅子ごと、あるいは体全体を重機のようにゆっくりと旋回させ、「……はい、何でしょう?」と、まるで映画のスロー映像のような速度で対応するようになった。

こうして常に意識して動作することで、お尻を切ってしまう頻度は劇的に減った。しかし、どれほど警戒を強めても、私にはどうしてもコントロールできない時間が待っていた。本能のままに体が動いてしまう「眠り」の時間。逃げ場のない夜の恐怖が、暗闇の中で私を待ち構えていた。

第5話:ツイスト・アンド・シャウト:絶叫の目覚め

それは、静寂に包まれた真夜中のことだった。

「!!!」

言葉にならない衝撃と共に、私は暗闇の中で跳ね起きた。脳を突き抜けるような鮮烈な痛み。どうやら私は、熟睡中に「寝返り」を打ったようなのだ。それも、上半身は天井を向いたまま、下半身だけを大胆に横へ捻るという、高度なツイストを無意識にキメてしまった模様。

この動作により、癒えかけていたお尻の皮膚が引っ張られ、せっかく塞がっていた傷口が「パッカーン」と開いてしまったのだ。まさに、ツイストした瞬間にシャウト(絶叫)で目が覚めるという地獄だった。

ひとたび深い眠りに落ちれば、そこは理性の届かない野生の世界。「寝返りは、癒えかけたお尻の傷口を軽々と引き裂く」という残酷な事実に、私は愕然とした。

まず試したのは、体の横に大きなクッションを置き、寝返りを阻止する「防波堤作戦」だったが、翌朝、クッションは部屋の隅へと蹴り飛ばされていた。睡眠中の私は想像以上にアグレッシブだった。

「クッションがダメなら、自分自身を拘束するしかない」

数夜にわたる激痛の果てに、私は一つの究極スタイルに辿り着いた。就寝前、私はある儀式を執り行う。

まず、両手をお腹の上に厳かに置く。体を捻らず、丸太のように真横にコロンと転がり、浮いた方の背中にブランケットをぐいっと巻き込む。反対側にも同様に転がり、もう片方の端も背中に封印する。

この動作で全身がブランケットに隙間なく包み込まれ、腕一本動かせない状態になる。その姿は、布に巻かれ永遠の眠りにつく「ミイラパッケージ」そのものだった。

ここで言う「ミイラパッケージ」とは、古代エジプトのミイラのように、何層もの包帯で全身を隙間なく固められた状態を指す。一本の棒になったかのようなあの姿だ。私の場合はブランケットを包帯代わりにして、自分の背中の下に敷き込むことで、「脱出不可能」な拘束状態を作り上げたのだ。

大人が芋虫のように寝床に転じている光景は恥ずかしさを伴うスタイルだ。しかし、恥を捨ててでも守らなければならない「お尻」が私にはあった。このスタイルは私の身体的自由を奪う代わりに、あの呪わしい「無意識ツイスト」を封じ込めることに成功した。

第6話:ぬるぬるが、止まらない

季節は春。ふと、痔の薬で有名な製薬会社の公式サイトを見ると、「おしりを温めて血行を促すと、症状がやわらぐことが多い」といったケア方法が紹介されていた。

私は思った。「座りっぱなしだから血行が悪くなっているのかも。よし、お昼休みは散歩をしてお尻を温めよう」

早歩きで散歩を続けていると体全体が温まって、うっすらと汗ばんできた。その時、お尻のあたりに溶けたチョコレートのような「ぬるぬる」とした独特の感触を覚えた。

「あっ、お尻まで汗をかいてきた!これは血行が良くなっている証拠かな?」

私はこの変化を、良い兆候だと信じて疑わなかった。

午後の仕事に集中していると、どこからか「便臭」がすることに気づいた。ふと同僚を見ると、顔をしかめ明らかに何かを怪訝に思っている様子。実は私自身もその臭いに耐えていた一人だった。「誰だ……?トイレの後の拭き取りが甘いまま戻ってきたのは……」

休み時間になり、私はお尻の汗をトイレットペーパーで拭いた。するとどうだろう。ペーパーは、真っ赤に染まっていた。

「ぬるぬる」の正体は汗ではなかった。お昼休みの散歩が刺激になり、お尻が激しく切れてしまっていたのだ。お尻からは便が混じった血が流れ出ており、それが「便臭」の原因だった。同僚たちと共に顔をしかめて耐えていた異臭は、紛れもなく私自身から放たれていたものだった。同僚たちはきっと、「この人、漏らしたまま働いているのか?」と思っていたに違いない。あまりの恥ずかしさに、その場から消え去りたい気持ちになった。

確かに血行を良くすることは大切だが、それはあくまで予防の話。「傷ついているときは、動かずに安静にするのが一番」

春の陽気とは裏腹に、私は深い教訓を得たのだった。

第7話:尻毛がやいば 〜私のじろう編〜

なぜ歩いただけであのような大惨事が起きたのか。私は分析し、ある仮説にたどり着いた。「お尻の毛が汗で皮膚に張り付き、歩くたびに皮膚が引っ張られて傷口が開いたのではないか?」

さらに、用を足した後の拭き取り時に紙が毛に絡む不快感も無視できなかった。幸いお尻の傷は落ち着いてきたため、「今のうちに毛を剃ってツルツルにすれば、これからの散歩も快適になるはずだ」と決意した。

私はカミソリを手に、お尻の周りの毛を滅することにした。鏡を使い慎重に作業を進め、ついにツルツルの状態を手に入れた。その瞬間はこれまでにない開放感と清潔感に包まれ、勝利を確信した。

しかし、本当の恐怖は数日後にやってきた。剃った毛がほんの「ちょびっと」だけ伸び始めたのだ。

カミソリで切断された毛先は、まるで鋭利な「刃(やいば)」のようになっていた。それが歩くたび、座るたびにお尻の柔らかい皮膚にチクチクと突き刺さる。逃げ場のないお尻の溝の中で、無数の刃が皮膚を攻撃し続ける。あの出血時の不快感とはまた違う、神経を逆撫でするような生理的嫌悪感が私を襲った。「毛を刈る」→「伸びる」→「刺さる」の繰り返しは無限チクチク地獄だ。

事態は不快感だけでは済まなかった。毛先による絶え間ない刺激でお尻の皮膚が荒れ、そこから細菌が入ったのか、あろうことか赤く腫れ上がって「化膿」してしまったのだ。清潔を求めて振るったカミソリは、結果として新たな痛みを呼び込むだけだった。

「伸びかけ」という最悪の期間を考慮していなかった代償はあまりにも大きかった。改善しようとするたび、私は別の痛みを増やしていた。お尻の状態が悪い時ほど、下手に触らず放っておくことも必要なのだと学んだ。

第8話:落し物は何ですか?

化膿したお尻は膿でパンパンに腫れ上がり、破裂の瞬間を迎えた。溜まっていた膿と血が一気に溢れ出し、下着を汚すという緊急事態が発生したのだ。私は手近なトイレットペーパーをお尻に挟んだ。しばらくはこの「紙挟み生活」で快適に過ごしていたが、夏が近づき汗をかくようになると事態は一変する。紙が汗を吸い込みボロボロに崩壊。その破片が周囲の毛に絡みつき、不快感は最高潮に達した。

次なる手段として目をつけたのが「生理用品」だった。その吸水力と表面のサラサラ感はトイレットペーパーとは比較にならないほど圧倒的だ。

比較項目トイレットペーパー生理用品(ソフィ シンクロフィット)
コスト安いやや高い
耐久性水分でボロボロに崩れる大量に吸っても形が崩れない
肌への影響摩擦や破片で痒みの原因にサラサラで負担が少ない

しかし、表面がサラサラすぎるがゆえに、お尻の谷間から滑って位置がずれてしまう。歩くたびに位置が気になり、周囲の目を盗んではこっそり直す。お尻に挟んでいるのを忘れてしまうほど、あまりにも自然な装着感。そしてある日、事件が起こる。私は文字通り「挟んでいること」を忘れていた。

「あれ?お尻にアレを挟んでいなかったっけ?」

こっそりお尻のあたりを触って確認してみたが、何もない。「落としちゃった!?」

慌ててトイレを覗いてみると、血と膿のついた物体が便器の横にぽつんと落ちているのを発見した。汚れたそれを素早く処分して一安心。

翌日から私は、装着前にお尻用の軟膏を塗り、その粘り気を滑り止めにする「ベタつき作戦」を導入した。しかし、時間が経つと軟膏のベタベタもシートが吸い取ってしまい、お尻はサラサラに戻る。結局のところ、「挟んでいることを忘れないように気をつける」という、最も基本的な対策に回帰したのだった。

第9話:風の通り道

私は数々の対策を導入し、平和な日常を取り戻しつつあった。しかし、いくら外側からのケアを工夫したところで、人間には抗えない生理現象がある。

それは朝一番のトイレでの出来事だった。少し前傾姿勢で便座に腰掛け、「よし、今日もブツを出してスッキリしよう」と優しくいきんだ。しかしその時、出口を通過しようとしたのは固体(うんち)ではなく気体(おなら)だった。逃げ場を失った気圧が限界まで高まったその瞬間、凄まじい勢いでそれは炸裂した。

「ブホッ!」

おならが出た瞬間、「ピキッィ!」という、今まで感じたことのないような鋭い痛みが突き抜ける。足があまり開いていない状態での大爆発だったため、お尻のお肉が「ブルブルッ!」と激しく高速振動してしまったのだ。癒えかけていたお尻の皮膚が、自らの体内から放たれた衝撃波に耐えられるはずがない。

恐る恐るペーパーで拭うと、そこには鮮やかな赤。外側をいくら守っても、内側からの自爆を防ぐことはできない。私は朝のトイレで、またしても絶望の淵に立たされた。

なぜ、これほどまでにガスが勢いよく噴出してしまうのか。私は毎朝のルーティンを徹底的に見直した。そして、傷を開かないようにするための「正しいおならの仕方」という、独自の境地に辿り着いた。

まず、急いでおならをしてはいけない。大前提として、ゆっくりとリラックスして解放すること。

次に、圧力を分散させるため、人差し指と中指を使って「お尻を外側に少し広げる」というテクニックを導入した。お尻の肉を左右に開きつつ、振動を指で直接ホールドして防ぐのだ。

初めてトイレでこの構えを実践したとき、私の手のひらには生暖かい「そよ風」が吹き抜けた。「……すかせている」確かな実感がそこにあった。安全に排出できた瞬間の達成感はひとしおだ。音にも細心の注意が必要だ。「ぶっ!」や「ぶびっ!」という破裂音はお尻への負荷の証拠。目指すべきは「すぅ~~」という静寂の音。そう、洗練された「すかしっペ」こそが、デリケートな時期を乗り切る究極ライフハックなのだ。

第10話:そこに筋肉はあるんか?

ことの始まりは、「効率的に痩せたい」という純粋な向上心だった。ネットで熱心に調べていたとき、ある有益なコメントが目に飛び込んできた。

「マヂカルラブリーの野田さんの動画が良い」

マヂカルトレーニングのプロとして名高い、あの野田クリスタルさんの動画だ。紹介されていたのは、椅子に座るか座らないかという絶妙なラインまでお尻を落とし、少し浮かせた状態で姿勢をキープする方法だった。さっそく実践してみると、太ももとお尻に強烈な刺激が走る。「お尻に力が入って、しっかり筋肉を使っているぞ!」という確かな実感が、私のモチベーションをさらに高めてくれた。

すっかりこのトレーニングが気に入った私は、それから1週間ほど、毎日真面目にそのスクワットを続けた。心地よい疲労感を覚えながら、自分の健康意識の高さに酔いしれていた。まさかその裏で、デリケートなお尻の皮膚が悲鳴を上げていたとも知らずに。

ある朝、いつものように排便をしようとした瞬間、お尻の奥から違和感が突き上がってきた。

「……待って。これは筋肉疲労ではないの?お尻が傷ついている!?」

後から調べて知ったのだが、お尻に力を入れ続ける行為は、痔を患っている人間からすると非常に危険なことらしい。「椅子に座るか座らないかの姿勢で、お尻にギューッと力を入れ続ける」というあの状態。これ、トイレでなかなか出ないブツを押し出そうと、全力でいきみ続けているのと構造が全く一緒ではないか。スクワット運動とは、見方を変えれば「疑似うんこいきみ運動」と言っても過言ではないのかもしれない。

本来なら太ももの大きな筋肉でしっかりと体重を支えるべきところを、筋力が足りないせいで、お尻に変な力を集中させてしまっていたのだと思う。健康のために始めたはずの意識高いスクワットが、まさか自ら進んでお尻を痛めつける拷問になっていたとは。良かれと思った習慣に潜む罠を、身をもって知った初夏の出来事だった。

第11話:好きな俳優は「ゲーリー・オールドマン」と「ベン・アフレック」

私のお尻を一番苦しめていたのは、便秘ではなく圧倒的に「下痢」だった。

当時の私は毎週のように下痢に見舞われていた。ゆるゆるの軟便でお尻に優しいと思わせておいて、突然「ブビィー!」と襲い掛かる下痢は、映画『レオン』の悪徳捜査官そのものだった。普段は静かなのに、突然キレる。ちなみに私の好きなハリウッド俳優は「ゲーリー・オールドマン」と「ベン・アフレック」だ。クレイジーな人間やカッコ悪い人間を演じられる俳優って凄い。

「平日に下痢になることもあるけれど、よくよく思い返すと、土日になる回数の方が圧倒的に多くない?」

原因を本気で分析し始めたある日、私は奇妙な法則に気が付いた。さらに詳しく分析を進めると、決まって「食後数時間後」にお腹が痛くなっていることが分かったのだ。

私には週末のささやかな楽しみがあった。それはコンビニ各社の「新商品」をチェックすること。休みの日、好きなものを好きなだけ食べる。もちろん食後のデザートも欠かさない。ホイップクリームがこれでもかと詰まったケーキやシュークリームなど、ミルク感たっぷりな逸品を堪能する時間は、まさに至福のフルコースだった。

そう、私は知らなかった。自分の大好きなものだけを詰め込んだこの「週末ご褒美フルコース」こそが、お腹の中であの二大名優(ゲーリー&ベン)の豪華共演に繋がるレッドカーペットになっていたということを。

そこで私は食べたものと下痢の有無を細かく記録し、本格的な要因分析をはじめた。お昼ごはんに食べたものとの共通点を調べていくと、どうやら私は「ニンニク」や「タマネギ」を食べるとお腹が痛くなる体質であるらしいのだ。ガーリックというやつは実にあらゆる市販の商品に「隠し味」として紛れ込んでいる。ほんの少し入っているだけでも、私のお腹は敏感に反応していた。

同様に3時のおやつについても分析を開始したところ、大好きな生乳を使った製品を食べたときにもお腹が痛くなりがちだということが判明した。原因さえ分かれば対策が打てる。これらを食べる量を減らすことで、劇的に下痢になる頻度が減っていった。今では食べ物を買うとき、必ずパッケージの裏(原材料名)を見て、自分の体質に合わない材料が使われていないか確認してから購入する習慣が身についている。

「下痢は柔らかいからお尻に優しいのでは?」と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、実は「下痢こそが痔の最大の敵」なのだそうだ。下痢便は出てくる勢いが強いため、その水圧がデリケートな傷口を直撃してダメージを与える。さらに下痢は超特急で腸を駆け抜けてくるため、本来なら途中で中和されるはずの強力な「消化液」が未消化のままお尻に到達する。この消化液が、癒えかけていた傷口を容赦なく攻撃し、症状を長引かせる原因になっていたのだ。つまり、私がお腹を下すたびに、お尻の傷口は「高圧洗浄」と「酸のプール」のダブルパンチを食らっていたわけだ。

体質は人それぞれなので、下痢になる原因も人それぞれだ。もし長引くお尻の痛みに悩んでいるなら、まずは自分が「何を食べて下痢になっているのか」を細かく分析してみるのが、お尻の平穏への一番の近道かもしれない。自ら進めたアナリティクスによって真犯人に気づき、パッケージ裏をじっと凝視するようになった私の週末は、こうして静かに、しかし確実に変化していったのであった。

【免責事項】 本連載は、一個人の体験に基づく参考情報です。私は医療の専門家ではありません。症状には個人差がありますので、違和感がある場合は自己判断せず、速やかに専門医(肛門科)の門を叩くことを強く推奨いたします。

エッセイ連載:『痔主襲名。』リンク集

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