人生って、まるで種類が多すぎる回転寿司みたいなもんだよね。「このサーモン、間違いなさそうだな」とか「あのウニ、色が微妙かも…」なんてあれこれ悩んでいるうちに、本当に食べたかった皿がスルーッと通り過ぎていっちゃう。気づいたら、手元には「普通に美味しいけど、ワクワクはしないサーモン」ばっかり。そんなこと、ない?
これまでの人生、できるだけ損をしないように「優等生な選択」をしてきた人も多いと思う。テスト前にちゃんと勉強して、周りに文句を言われない程度の成績をとって、安定した道を選ぶ。それはそれで全然いいことだし、むしろ立派だと思う。
でもね、ふと思っちゃうんだ。 「もっとバカになって、はしゃいでも良かったんじゃないかな?」って。
優等生の生き方は「石橋を叩きすぎ」
無難な道を選ぶのは、川の流れに身を任せて、スイスイ泳いでるようなもの。岩にぶつからないように、深いところにハマらないように、慎重に進む。それは賢さの証だし、責任感のある生き方だ。
でもその分、「うおー!あっち面白そう!」ってジャンプする瞬間を逃してきた気もするんだ。「あっちの流れ、楽しそうだけど…溺れるかも?」ってビビってやめたこと、めちゃくちゃあるよね。
優等生でいるってことは、失敗しないプロになること。でも、失敗を避けすぎて、心が「うわああ!」って震えるような感動まで捨てちゃってないかな?
バカな人は、とりあえず飛び込む。
世の中でめちゃくちゃ楽しそうにしてる人って、たまに「えっ、そっち行くの!?」って驚くような道を選んだりする。リスク?何それおいしいの?失敗?ネタになるからOK!みたいなノリで、荒波にダイブしちゃう。
それって、怖さを知らない「バカさ」かもしれない。でも、そのバカさが、時にミラクルを起こすんだよね。真面目に岸の上から「危ないよー」って見てる私たちの横を、彼らは泥だらけになりながら、見たこともない新しい景色を目指して笑いながら通り過ぎていく。
立ち止まって考えすぎて、チャンスを逃したあの日
実は以前、自分でも「これ面白そう!」って思いついたことがあったんだ。でも、その瞬間に「優等生な自分」が出てきて、冷静にダメ出ししちゃった。
「お金かかるし」「失敗したら笑われるし」「自分にはまだ早いし」
結局、何もしなかった。そしたら数年後、似たようなことをやって成功してる人をネットで見かけちゃって。「あー、あの時バカになってやってればな!」って、すごく悔しかった。考えすぎることは、自分のチャンスを自分で潰しちゃうことなんだなって、その時気づいたんだ。
ちょっとだけバカになってみる?
過去の自分に「バカになれ!」って言っても届かない。だから、今の自分に言ってみることにした。
「今日くらい、ちょっとバカになってみようか」
人生を変える大勝負じゃなくていいんだ。例えば、いつもなら絶対買わないようなド派手な色の服を選んでみる。いつも通る道を外れて、迷子になるつもりで知らない路地に入ってみる。ブログにちょっと攻めた内容を書いてみる。
そんな「小さなバカなこと」をするだけで、マンネリな毎日に新しい風が吹く。正解ばっかり探してないで、たまには「ハズレ」を引く勇気を持ってみる。それだけで、人生の流れはガラッと変わるかもしれない。
バカになる勇気
優等生だったからこそ、失敗するのが怖いのはよくわかる。周りの目も気になるしね。だからこそ、飛び込むにはちょっとした勢いが必要なんだ。
だから、私の中に住んでいる「ちょっとバカな自分」を呼び出してみよう。名前はそうだな、「綱なしバンジージャンパー」でどう?
「地面に激突するかも」なんて心配するより、「空飛んでる!最高!」って気分を大事にする。電卓を叩いて計算するのはお休みして、心の底から「やりたい!」って思うことに全振りしてみる。
人生の最後に思い出すのは、無難に食べたサーモンの味じゃない。勇気を出して飛び込んだ荒波の冷たさや、そのあとに見上げた青空のはず。リスクばっかり考えてないでソレやっちゃいなよ!


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