今年もあとちょっと。街中がバタバタと正月準備に追われる中、一足早く神社へ行ってきた。最近よく聞く「幸先詣(さいさきもうで)」というやつだ。
これまでは、初詣といえば元日か三が日に行くのが当たり前だと思い込んでいた。でも、あの凄まじい行列と人混みを思い出すだけで、正直ちょっと気が重くなる。新年早々、極寒の中で何時間も立ちっぱなしで並ぶのは、もはや修行の域だ。足腰は疲れるし、何より今の時期はインフルエンザとかの感染症も怖い。せっかくのお正月に病気で寝込むなんて、それだけは絶対に避けたいところ。
そこで今年は、思い切って年が明ける前にお参りを済ませることにした。結論から言うと、これが驚くほど快適で「大正解」だった。
静かな境内でのんびり過ごす
年末の神社は、三が日のあの騒がしさが嘘みたいに静まり返っていた。境内に入ると、冷たく澄んだ空気がすーっと体に染み渡る感じで、すごく気持ちがいい。新年の準備を淡々と進めている神職の方たちの姿が見えて、なんだか特別な、ピリッとした清々しい空気を感じた。
行列なんてどこにもないから、自分のペースでトコトコと拝殿まで歩いていける。後ろの人を気にすることもなく、この一年を無事に過ごせたお礼と、新しい年のお願いをじっくりと神様に伝えることができた。あの静寂の中で自分と向き合う時間は、有意義なひとときだったと思う。
もしこれが元日だったら、周りを人に囲まれて、ざわざわした中で形式的に手を合わせて終わりだったはず。そう考えると、年末のお参りはコスパもタイパも、おまけにメンタル的にも最高だった。
浮いた時間をどう使うか考えるのが楽しい
幸先詣をして一番良かったのは、やっぱり「時間の節約」だ。いつもなら数時間は覚悟しなきゃいけない参拝が、ものの数分で終わってしまう。この差はめちゃくちゃ大きい。
冬休みって、思っている以上に短いし貴重だ。行列に並ぶはずだった数時間を、そのまま自分の好きなことに使える。思いっきり遊びに行くのもいいし、暖かい部屋で読書や映画をイッキ見するのもいい。何もしないでゴロゴロして、ひたすら体を休めることだってできる。
「みんなが行くから」という流れに乗るのをやめるだけで、こんなに楽になるとは思わなかった。自分の体調と時間を一番に考えたこの選択のおかげで、冬休み全体の満足度がグンと上がった気がする。
おみくじに映る新年の兆し
お参りの後は、おみくじも引いてみた。これも並ぶ必要なんて一切なし。混んでいる時だと、引いたらすぐに結んで帰っちゃうことが多いけど、今回は違った。
近くのベンチに座って、書かれている言葉をひとつひとつゆっくり読んでみる。自分に今必要なメッセージはどれかなって考える時間は、今の自分を振り返るいいきっかけになった。おみくじの結果に一喜一憂するのもいいけど、こうやって落ち着いて自分と対話できること自体が、もう運気が上がっている証拠かもしれない。
読み終わる頃には心がすっかり軽くなっていて、清々しい気持ちで境内を後にした。
健康第一で過ごす自分らしい正月の形
せっかくの正月を病気で潰さない。これって当たり前のようでいて、実は一番大事なことだ。人混みに突っ込んでウイルスをもらうリスクを避けて、賢く時期をずらして自分を守る。それが今の自分には一番しっくりくる正月の過ごし方なんだと確信した。
幸先詣は、ただの混雑回避じゃない。自分の心と体のコンディションを整えて、最高な状態で新年をスタートさせるための準備運動みたいなものだ。
年末の静かな神社で過ごしたあの時間は、間違いなく今年一番の「賢い買い物」ならぬ「賢い選択」だった。さて、浮いた時間で次は何をしようかな。せっかくの冬休み、これから存分に楽しもうと思う。
もし「初詣の混雑が嫌だな」と思っているなら、ぜひこの年末にお参りしちゃうスタイルを試してみてほしい。きっと、いつもよりずっと穏やかで、有意義なお正月が待っているはず。


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