夜空を眺めていて、ふとした瞬間に流れ星の光が走ると、なんだか得をしたような気分になります。昔から「流れ星が消える前に三回願い事を唱えると叶う」と言われていますが、実際にやってみるとこれが驚くほど難しいものです。一秒にも満たないあの一瞬に、自分の望みを三回も繰り返すなんて、もはや反射神経の訓練に近いものがあります。
「そんなの無理だよ」と笑って済ませていたのですが、ふと「そもそもなんでこんな無理なルールがあるんだろう?」と気になって、自分なりに調べてみました。すると、単なる迷信という言葉では片付けられない、意外な歴史と納得の理由が見えてきたのです。
流れ星の迷信、そのルーツを探ってみると
調べてみて一番驚いたのは、この迷信が約1900年ほど前の古代ギリシャまで遡るという説です。
当時の天文学者プトレマイオスが、「神様が時々、地上を覗き見るために天の隙間を開けることがある」と考えていたそうです。その時に漏れ出した光が「流れ星」に見えるのだとか。つまり、流れ星が見えている間は「神様と目が合っている、特別なシャッターチャンス」のような時間。その隙に祈れば、願いが神様にダイレクトに届く……というわけです。
また、シベリアなどの古い伝承でも「天の扉が開いた瞬間の光」と言われていたりと、古今東西を問わず「天とのつながり」を感じる特別な瞬間だったことがわかります。昔の人も、一瞬の光に必死で思いを届けようとしていたのかと思うと、なんだか親近感が湧いてきました。
「3回唱える」は、心の瞬発力を試されている?
では、なぜわざわざ「3回」なんて無理そうな回数を言うようになったのでしょうか。これについても自分なりに考えてみたのですが、どうやら星の不思議な力というよりも、願う側の心の持ちようにヒントがありそうです。
流れ星が現れるのは、いつも予期せぬ瞬間です。その一瞬の光を見て、即座に自分の願いを思い浮かべることができる人は、普段からそのことばかりを考えている人ではないでしょうか。自分が何をしたいのか、どうなりたいのかが明確になっていなければ、突然のチャンスに反応することはできません。
つまり、流れ星に願いを言える状態というのは、自分の意識の深いところにまでその目標が浸透している状態を指すのだと思います。それだけ強く、常に意識している事柄であれば、日常生活の中での選択や行動も自然とその方向へ向かっていくはずです。結局のところ、願いを叶えるのは星ではなく、その瞬間に言葉が出てくるほど情熱を持っている自分自身なのだ、と調べていくうちに納得してしまいました。
無理に急がず「火球」を待つのもアリかもしれない
とはいえ、平均0.5秒と言われる流れ星を相手にするのは、私にはやはりハードルが高すぎます。そこで、もう少し現実的に「火球」を狙ってみるのもいいかな、なんて思っています。
火球というのは、流れ星の中でもひときわ明るく、数秒間は夜空に留まってくれるものです。その数秒があれば、焦らずに自分の思いを噛みしめることができます。
大切なのは、いつか来るその瞬間のために、自分の望みを言葉にして整理しておくこと。文章にすると長くなってしまう願いも、たった一言のキーワードに凝縮しておけば、とっさの時にも迷いません。自分の核となる言葉を持っておくことは、自分自身の軸を整える作業にもなる気がします。
自分で調べてみて、変わったこと
今回、自分なりに調べてみて、願いを単なる夢で終わらせないためのヒントをいくつか見つけた気がします。
まず、自分の望みを「具体的」にすること。ただ「幸せになりたい」と願うよりも、何をしている時に自分が満たされるのかを把握しているほうが、実現の可能性は高まります。次に、その願いを「〜したい」という希望ではなく、「〜している自分」を当たり前の姿として想像すること。
そして何より、準備そのものを楽しむことです。流れ星を待つ時間は、自分との対話の時間でもあります。夜の静寂の中で空を見上げ、自分の内面にある声に耳を傾ける。そうして導き出した答えは、たとえ星が流れなかったとしても、これからの自分を支える大きな力になるはずです。
私は星に何を願う?
最初はただの迷信だと思っていましたが、古代ギリシャの時代から続くこの教えには、自分を律するための知恵が詰まっていました。次に夜空を見上げる時は、ただ幸運を待つのではなく、自分の決意を再確認する機会にしてみようと思います。
私も次の流星群に向けて、自分の思いを三文字くらいの言葉に凝縮しておくつもりです。もし運良く大きな火球が流れたら、その時は自信を持って、心の中でその言葉を繰り返したいと思います。
まずは自分の願いをじっくり考えて整理してみようと思います。それがきっと、明日からの行動を変える、自分なりの第一歩になるかもしれません。


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