今年もまた、新しい手帳と一緒に一年を過ごす時期になりました。
世の中ではデジタルでスケジュールを管理するのが当たり前になっていますが、私は今でも毎年、決まったタイプの手帳を買って使い続けています。いろいろな種類が並ぶ売り場で目移りすることもありますが、結局はいつもの「縦軸に時刻が並んでいるタイプ」に落ち着きます。
私にとって手帳は、未来の予定を詰め込むための道具というよりは、過ぎ去った時間を書き留めておくための備忘録や、簡単な日記のような存在です。
バーチカルページをログとして使う
一番活用しているのは、縦に時間軸が引かれたバーチカルのページです。ここには、何時から何時まで何をしていたのかを淡々と記録しています。
もともと時間単位の予定がぎっしり入るような生活ではないので、このページを「予定表」として使う必要はありません。その代わりに、実際に動いた記録を書き込んでいます。前の日にやったことをすぐに忘れてしまうので、昨日の自分を追いかけるようにして埋めていく作業が欠かせません。
こうして記録をつけておくと、後から見返したときに「あの作業にはこれくらいの時間がかかっていたんだな」とか「最近、この時間帯に集中できていないな」といったことが可視化されます。
「あの用事を済ませたのはいつだったっけ?」と思い出せなくなった時も、このページを数週間分さかのぼれば必ず答えが見つかります。検索機能があるデジタルも便利ですが、ページをパラパラと捲りながら、当時の空気感と一緒に記憶をたどる時間は、紙の手帳ならではの良さがあると感じています。
マンスリーとノートの役割分担
一方で、先の予定については1ヶ月が見開きで見渡せるカレンダーのページにまとめています。時間ごとの細かい予定が少ない私にとっては、月間ページに書き込むくらいがちょうどよく、一ヶ月の全体像がパッと頭に入るので重宝しています。
そして、手帳の後半にある自由なノートページも、なくてはならない場所です。ここには特にルールを決めず、思いついたアイデアや心に留まった言葉、その年に必要なリストなどを書き込んでいます。バーチカルの枠には収まりきらない、思考の断片を受け止めてくれる余白のような場所です。
このように「予定はマンスリー」「記録はバーチカル」「思考はノート」と、自分なりの役割がはっきり決まっています。
お気に入りのカバーを纏わせる
手帳そのものは毎年新しくなりますが、外側のカバーだけは別です。
毎年、同じメーカーの同じ型を買うので、中身のサイズは常に一定です。メーカーが用意する毎年の新しいデザインも魅力的ですが、私はお気に入りのカバーを一つ決めて、中身だけを毎年入れ替えて使っています。
手に触た時の感触や、開く時の馴染み具合が変わらないことは、毎日使い続ける上で意外と重要なポイントかれもしれません。新しい年を迎えても、手の中にある感触だけは変わらない。その安心感が、記録を続けるハードルを下げてくれている気がします。
記録を続けるということ
毎日、何をしたかを記録するのは少し手間に感じることもあります。けれど、真っ白なページが埋まっていくのを見ると、自分が確かにその時間を生きていたという証拠が積み上がっていくような感覚になります。
立派なことを書く必要はありません。何を食べたか、どこへ行ったか、どんな些細な用事を済ませたか。そんな、放っておけばこぼれ落ちてしまうような日常の破片を拾い集める作業が、私にとっての手帳の時間です。
今年も始まったばかりですが、この一冊が使い終わる頃には、どんな一年の記録が残っているでしょうか。特別な出来事があってもなくても、日々の足跡を丁寧に書き残していきたいと思っています。歳を取ったときに読み返してみるのが楽しみです。


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